29年前に旅した中国、そして上海


今回 上海に来るのは29年前の1990年以来になります。

時期もちょうどこの時期ですかね。

就職活動を終えた夏休みにはじめて一人旅で中国を旅しました。

初めての一人旅ということと、強烈な経験をたくさんしたので29年たった今でも鮮明に思い出す光景がたくさんあります。

29年前 えっ生まれてないって?(笑)

神戸からフェリーで3泊4日の鑑真号(これがかなり揺れる)で上海につきました。

LCCが発達した今では、船で中国に行こうなんて奇特な人は少ないですが、この鑑真号 料金が18,000円と当時としては破格の値段だったためバックパッカーに情報交換の場としてよく利用されていました。

船が上海に近づくとですね、海の色が土色に変わっていくんです。これは黄河の川の色で海からの入国でないと味わえない貴重な体験です。

上海から3泊4日かけて 烏魯木斉(ウルムチ)に向かいました。

今のbooking.comがある時代と違い、地球の歩き方に書いてあるホテルを1軒1軒あたり安いホテルを見つけるというなんともアナログなスタイルです。

電車の切符を買うのも大変です。今もネットで外人は電車の切符を買えないようですが、当時は外人専用の窓口しかなく、駅は中国人も含め大混雑。切符を買うのに苦労したのを覚えています。当然言葉がしゃべれないので筆談です。

烏魯木斉までの電車も凄まじく荷台にニワトリを一緒になって日本人もいました。

長い車中で知り合いになったウイグル族の男の子の家に泊めてもらったのもいい経験です。普通の団地なんで、トイレは共同で かつ衝立もありません。トイレしながら 知らないおっさんにニーハオって感じでした。

でもあのウイグル族の男の子、外国人を家に泊めるなんて当時は明らかに違法だったはず、逮捕とかされなかったかな。

烏魯木斉から天池(中国人なら一度は行きたい観光地)など観光したあと、イーニンへ向かいます。当時 このシルクロードのあたりは NHKの「シルクロード」の番組や堺正章の孫悟空の影響でバックパッカーに人気の観光地でした。

イーニンではなく、カシュガルへ行き、そこからカラコルムハイウェイに乗ってパキスタンへ入るルートがメジャーでしたが、3泊4日もバスに揺られなければなりません。

みんなと同じルートで行くのは嫌だったのと、時間がなかったので1泊2日のバスで行ける中ソ国境の町イーニンへ向かいます。そこは驚きの世界が。。。

明らかにロシア人の顔した人々が人民服を着て自転車乗って走ってるじゃないですか!!

これは中国=漢民族のイメージから大きく離れていました。

またイーニンは当時準開放地区といって外国人が入っては行けない地域でした。ですから外国人の私が泊まるホテルがないわけです。

なんとかホテルで一緒だった人に俺の友達だってことで泊めてもらいましたが、「なんで日本人に親切にするんだ!」って中国人同士で喧嘩を始めてしまいました。

烏魯木斉は大都会ですが、イーニンやトルファンなどの田舎町では必ず「おまえのカメラと俺ロバ2頭と交換してくれ!いや3頭でもいいぞ!」としつこく何人からも言われたものです。

初めての海外で水は気をつけていたのですが、シシカバブなど(現地はイスラム教徒が多い)現地のものを食べまくって下痢になったのもいい思い出です。帰国したときは10キロも体重が減ってました。烏魯木斉は今もイスラム教徒が多く、それを漢族が弾圧する構図は30年前も今も変わらないと思います。

そんな体調でしたから烏魯木斉から北京まで飛行機で戻りました。当時 飛行機は座席指定などなく席は早いもの勝ちでびっくりしましたし、また当時中国は情報統制が厳しかったため飛行機が落ちても発表しないなんて言われていましたが、ほんと今にも落ちそうな飛行機だったのを覚えています。

当時 北京ではアジア大会をやっていたんですね。体操競技を見に行きました。このへんはワールドカップ大家誕生の萌芽ですね。

北京のドミトリーで休養し上海で電車で戻りました。当時 一番大きな百貨店は木造の3階建てしかなく コーラがあったのでそれをくれというと「メイヨ」の一言。ほんとサービスレベルは低かったですねえ。あと釣銭なんかを投げるのは当たり前。そりゃすごいサービスレベルでした。

あとバスの運転手が女性が多いんですよ。当時から社会主義国の社会進出が進んでいたんですね。

上海から神戸までまた鑑真号で神戸へ戻りましたが、帰りの船中は中国で苦労したバックパッカーがたくさんいて むさくるしかったのが思い出されます。

最後の落ちは北京で休養したため、帰国のフェリーに間に合わず、10月1日の内定者拘束のパーティーに間に合わなかったこと。当時の人事部長に怒られたなあ。

いろいろ強烈な思い出が多く29年たった今でも脳裏を離れません。当時はグーグルなどなく地球の歩き方だけが頼りでしたが、今 思いで出しても よくあそこまで行ったなあというのが実感です。

もうさすがにあのようなハードな旅は無理ですが、若いうちにこのような旅ができたことは年とってからほんとによかったと思います。

今まで5部屋売却しましたが、4部屋はノムコムさん。当然買値より高値で売却していただきました。



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